東京地方裁判所 昭和60年(ワ)11457号 判決 1988年6月01日
原告 大城建設株式会社
右代表者代表取締役 大谷正一
右訴訟代理人弁護士 小竹耕
同 横山正夫
被告 太平工業株式会社
右代表者代表取締役 小田部精一
右訴訟代理人弁護士 稲田輝顕
被告 古屋景一
右訴訟代理人弁護士 阿部元晴
主文
一 被告太平工業株式会社は原告に対し、金八五五万一七八〇円(内金七〇〇万円は被告古屋景一と連帯して)及び金七〇〇万円に対する昭和六三年一月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告古屋景一は原告に対し、金九〇〇万円を(内金七〇〇万円は被告太平工業株式会社と連帯して)支払え。
三 原告の被告太平工業株式会社に対するその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は被告らの負担とする。
五 この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告太平工業株式会社は原告に対し、金八六八万六五七五円(内金七〇〇万円は被告古屋と連帯して)及び金七〇〇万円に対する昭和六三年一月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 主文二、四項と同旨。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 被告太平工業株式会社(以下「被告太平工業」という。)は土木建築工事の設計、施工の請負又は監督を事業目的とする会社であり、被告古屋景一(以下「被告古屋」という。)は被告太平工業の横浜営業所の部長であった。
2(一) 被告古屋は、訴外株式会社保高(以下「保高」という。)及び訴外石田武司(以下「石田」という。)が所有する横浜市戸塚区影取町字影取五七番地の土地外八筆及び同地上の旅館外六棟の建物(以下右土地建物を総称して「ホテルレインボー」という。)の所有名義を旅館営業許可名義人である訴外株式会社保高メンテナンス(以下「保高メンテナンス」という。)に移転したうえ、原告が保高メンテナンスの全株式を石田から買受け、被告太平工業が原告又は原告から転売を受けた第三者からホテルレインボーの改築の注文をうける内容の契約の提案があった。
(二) そこで、昭和六〇年四月二五日、被告古屋は原告に対し、昭和六〇年六月末日までに責任をもって前記の契約を締結し、かつ石田と原告との契約の履行を完了させるから、訴外有限会社タカトリ工業(以下「タカトリ」という。)の名義で被告古屋に買付申込金として一二〇〇万円を預けてくれるよう申し向け、原告は同人の言を信じて額面金一二〇〇万円、振出人原告、振出日昭和六〇年四月二五日の小切手一通を被告古屋に預託した。
(三) しかし、被告古屋は、右小切手を即日訴外小久保善夫(以下「小久保」という。)に交付し、同人をして取り立てさせ、被告古屋が代表取締役をするタカトリのために費消して横領し、原告は同額の損害を被った。
(四) 従って、被告古屋は原告に対し、右同額の損害を賠償すべき義務がある。
3 被告古屋は、前記のとおり被告太平工業の横浜営業所の部長であったものであり、被告古屋の預かり金の横領行為は、客観的外形的には被告太平工業の事業の執行につき行われたものというべきであるから、被告太平工業は被告古屋の使用者として民法七一五条により原告の被った損害を賠償すべき義務がある。
4 その後、被告古屋は、昭和六〇年七月一一日原告に対し前記一二〇〇万円及びこれに対する遅延損害金として金二〇〇万円を同年八月末日までに支払う旨約した。
5 原告は、昭和六三年一月一三日訴外川上勝利(以下「川上」という。)から右損害賠償金の一部として金五〇〇万円の支払いを受けた。
6 よって、原告は被告らに対し連帯して金七〇〇万円の支払を求めるとともに、被告太平工業に対し一二〇〇万円に対する不法行為の日である昭和六〇年四月二五日から川上より金五〇〇万円の弁済を受けた日である昭和六三年一月一三日までの民法所定年五分の割合による遅延損害金一六八万六五七五円並びに残額七〇〇万円に対する昭和六三年一月一四日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、被告古屋に対し4項の合意にもとづき損害金二〇〇万円の支払をそれぞれ求める。
二 請求原因に対する認否
(被告太平工業)
1 請求原因1の事実のうち、被告古屋が被告太平工業の横浜営業所の部長であったとの点は否認し、その余は認める。
2 同2の事実は不知。
3 同3の事実は否認する。
4 同4の事実は不知。
5 同5の事実は認める。
6 同6は争う。
(被告古屋)
1 請求原因1の事実のうち、被告古屋が被告太平工業の横浜営業所の部長であったとの点は否認し、その余は認める。
被告古屋は、昭和六〇年四月一日から被告太平工業の子会社である大武産業株式会社の嘱託であるが、昭和五八年五月から現在まで被告太平工業から同社「横浜営業所営業部長」の肩書の名刺の使用を許されていただけである。
2(一) 請求原因2(一)の事実のうち、被告太平工業がホテルレインボーの改築の注文を受けるとの内容の契約であったとの点は否認し、その余は認める。
(二) 同2(二)の事実のうち、被告古屋が昭和六〇年四月二五日原告から額面金一二〇〇万円の小切手を預かったことは認め、その余は否認する。
(三) 同2(三)の事実のうち、被告古屋が右小切手を即日小久保に交付し、同人をして取り立てさせたことは認め、その余は否認する。
本件の一二〇〇万円の小切手は、被告古屋が原告と保高及び石田との間でホテルレインボーの売買契約が締結されることを条件として、条件成就のときには報酬として充当される約束のもとに受領したものであるところ、その後原告が一方的に契約を不成立に終わらせたのであるから、原告が故意に条件成就を妨げたものとみなして前記一二〇〇万円は被告古屋の受領すべき報酬に充当しうるものである。
また、原告が被告古屋に交付した一二〇〇万円の小切手は、ホテルレインボーの売買契約に関する裏金作りの対策として介在させることにしたタカトリに支払うためのものであり、不法原因給付として被告古屋に返還請求できないものであるから、被告古屋がこれを仮に横領しても不法行為にならない。
3 同3の事実は否認する。
4 同4の事実は認める。
5 同5の事実は認める。
6 同6は争う。
三 抗弁
(被告太平工業)
1 原告の故意、重過失
仮に、被告古屋が被告太平工業の被用者であるとしても、被告古屋がホテルレインボーの売買に関し原告から一二〇〇万円の小切手を預かった行為は、被告古屋の職務権限の範囲内において適法に行われたものでなく、かつ原告代表者はそのことを知っていたか、または重大な過失により知らなかったものであるから、原告は被告古屋の使用者である被告太平工業に対し民法七一五条一項に基づく損害賠償を請求することができないものというべきである。
2 過失相殺
原告代表者には被告古屋の行為が被告太平工業の事業の範囲内であると誤信したことにつき過失がある。
3 免除の絶対効
原告は、被告古屋の一二〇〇万円の損害賠償義務のうち六〇〇万円について連帯保証した川上に対し、金一〇〇万円の支払義務を免除する和解をしたから、民法四五八条、四三七条により被告らはその限度で免責される。
(被告古屋)
1 強迫
(一) 被告古屋は、原告代表者の強迫行為によって請求原因4項の意思表示をした。
(二) 被告古屋は右意思表示を取消す旨の意思表示をし、これがおそくとも昭和六〇年一二月四日までに原告に到達した。
2 過失相殺
原告には被告古屋に金一二〇〇万円を横領されるにつき過失があった。
3 免除の絶対効
被告太平工業の抗弁3項と同旨。
四 抗弁に対する認否
(被告太平工業の抗弁に対する認否)
1 抗弁1の事実は否認する。
2 同2の事実は否認する。
3 同3の事実のうち、川上に対し金一〇〇万円を免除する和解をしたことは認めるが、その余は争う。
(被告古屋の抗弁に対する認否)
1 抗弁1(一)の事実は否認する。
同1(二)の事実は認める。
2 同2の事実は否認する。
3 同3の認否は被告太平工業の抗弁に対する認否3項と同旨。
第3証拠《省略》
理由
《証拠省略》を総合すると、以下の事実が認められる(一部争いのない事実を含む。)。
1 被告古屋は、昭和六〇年二月ころ、保高及び石田が所有する横浜市戸塚区影取町字影取五七番地外の土地及び同土地上の旅館一棟外一一棟の建物(ホテルレインボー)所有名義を旅館営業名義人である保高メンテナンスに移転したうえ、原告が保高メンテナンスの全株式を買受ける旨の話を原告に持ち込み、原告がこれに興味を示したので、被告古屋が保高側および原告側の仲に立って交渉を進めた。
2 その結果、保高及び保高メンテナンスから原告にホテルレインボーを金四億三〇〇〇万円で売渡すが、保高側の税務対策上ホテルレインボーの譲渡益を圧縮する目的で、形式上保高及び保高メンテナンスがホテルレインボーを小久保及び被告古屋が代表取締役をする赤字会社であるタカトリに四億三〇〇〇万円より安い価格で譲渡し、タカトリがこれを原告に四億三〇〇〇万円で譲渡する形にするとの大筋話の運びになった。
3 そこで、原告は、保高及び石田が旅館営業許可名義人の保高メンテナンスにホテルレインボーの所有名義を変更したうえ、タカトリを経由して原告に保高メンテナンスの全株式を譲渡すること、申込金は一二〇〇万円とすること等を記載した買付申込書とホテルレインボーの売買代金は四億三〇〇万円とし、手付金を四〇〇〇万円とし、契約時期を昭和六〇年四月二五日とすること等を記載した約定書を作成して被告古屋に交付した。
4 昭和六〇年四月二五日に至り、いまだ売買契約書を交わせる段階ではなかったが、被告古屋は原告代表者に対し、売主側(保高側)に別の買手が来ているので預かり金でよいから一二〇〇万円を早く入れてほしい旨要望するので、原告代表者は売買契約が成立したときは手付金に充当され、成約に至らないときは返還されるものと考えて同日振出の額面一二〇〇万円の小切手を被告古屋に交付した。その際被告古屋は、前記買付申込書、約定書の条項が実施されるまで金一二〇〇万円を預かる旨記載した預かり証を有限会社タカトリ工業代表小久保善夫名義で作成して原告代表者に交付した。
5 その後、ホテルレインボーの売買契約の話が進捗しなかったため、昭和六〇年六月五日ころ、原告代表者が保高側の関係者に会って交渉をしたが、具体的条件が折り合わず売買契約は不成立に終わった。その際原告から被告古屋に交付された一二〇〇万円の預かり金が保高側に渡っていないことが判明した。
6 そこで、原告代表者が被告古屋に一二〇〇万円の返還を迫ったため、被告古屋は、一二〇〇万円の小切手を原告から預かりこれを小久保に渡して消費したこと、六月一四日までに返還するか又は具体的返済案を提示する旨記載した書面を同月一一日作成して原告代理人弁護士小竹耕に交付した。
7 しかし、右約束は守られず、同年七月一一日、被告古屋は原告代表者宛に、昭和六〇年八月末日までに一二〇〇万円並びに金利及び配当金として金二〇〇万円を支払うことを約束する旨記載した書面を作成して原告代表者に交付したが、この履行も果たされなかった。
8 なお、原告から交付を受けた小切手は、即日小久保に交付されて換金された(この点は被告古屋との間では争いがない。)が、その使途は明らかでない。
以上の事実が認められる。
右認定事実によれば、原告が被告古屋に対し昭和六〇年四月二五日交付した額面一二〇〇万円の小切手は、ホテルレインボーの売買に関し、売買契約が成立したときには手付金に充当され、成約に至らないときには原告に返還され、売買契約の交渉状況に応じて被告古屋から保高側に差し入れられる趣旨のものとして被告古屋に預けられたものと認めるのが相当である。また、右認定事実に被告古屋が一二〇〇万円の使途を明らかにしない点をも考え併せると、右小切手より換金された一二〇〇万円は、遅くとも一回目の返済約束が守られなかった日である昭和六〇年六月一四日までに被告古屋が小久保とともに原告に無断で費消してしまったものと推認される。
右の点に関し、被告古屋は、右一二〇〇万円はホテルレインボーの売買契約が締結されることを条件に報酬に充当される予定のものであった旨主張するが、《証拠省略》中右主張に沿う部分は前掲各証拠に照らし、にわかに措信し難く、他にこれを窺わせる証拠はなく、また、被告古屋は、一二〇〇万円は裏金作りの対策として介在させることにしたタカトリに支払うものであった旨主張するが、これを裏付けるに足る証拠もない。ところで、額面一二〇〇万円の小切手の預かり証がタカトリ代表者小久保善夫の各義で作成されている点はやや釈然としないが、タカトリはホテルレインボーの売買に関しては税務対策上の形式的な存在であり、右書面の作成自体は被告古屋がしていることを考え併せると、実質的には被告古屋の預かり証とも解しうるから、この一事をもって前記認定に消長を来たさない。
以上によれば、被告古屋は原告からの一二〇〇万円の預かり金を不法に領得したものというべきであるから、原告がこれによって被った損害金一二〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年六月一四日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金又は昭和六〇年七月一一日の支払約束に基づく金二〇〇万円の遅延損害金を支払うべき義務がある。
二 《証拠省略》を総合すると、以下の事実が認められる(一部争いのない事実を含む。)。
1 被告太平工業は土木建築工事の設計、施工の請負又は監督を事業目的とする会社であり、被告古屋は、被告太平工業に昭和五八年六月ころから、嘱託として採用されて横浜営業所に勤務し、同営業所部長の肩書の名刺を使用して建築請負工事の受注等の営業活動に携わっていた。
2 被告古屋は、被告太平工業からその営業活動による歩合を受け取るだけでなく、基本給として年間三〇〇万円を支給され、勤務時間も一般社員とほぼ同様で、同営業所長に営業報告を行い、指示を受けるなどその監督のもとに仕事に従事していた。
3 昭和五九年一〇月ころ、原告はその所有の東京都中野区の宅地約五〇坪を日本興和株式会社に売渡したが、その際被告太平工業は日本興和株式会社が買い取った土地上の建物の建築工事の請負を受注するため、右売買の仲介をした。原告代表者は、被告古屋が右売買の仲介について被告太平工業側の担当者であったことから同人を知るようになった。
4 本件のホテルレインボーの売買に関してもその仲介の話を持ってきたのは被告古屋であり、被告古屋は、原告代表者に売買契約が成立した場合にはホテルレインボーの改築工事は被告太平工業が行ったうえ、第三者に転売先を斡旋する旨話していた。以上の事実が認められる。
右認定事実によれば、被告古屋は被告太平工業の被用者であるというべきであり、かつ、同人がホテルレインボーの売買契約の仲介をし、その過程で申込金又は手付金を原告から預かることは、客観的、外形的に観察して被告太平工業の事実の執行に含まれるものというべきである。
従って、被告古屋の使用者たる被告太平工業は、民法七一五条一項に基づき、被告古屋が原告から預かった一二〇〇万円を不法に領得して原告に与えた同額の損害を賠償すべき義務がある。
三 次に被告らの抗弁について検討する。
1 被告太平工業は、被告古屋が原告から一二〇〇万円の小切手を預かった行為は被告古屋の職務権限の範囲内において適法に行われたのではなく、かつ原告代表者はそのことを知っていたか、または重大な過失によって知らなかったものである旨主張するが、被告古屋の右行為が職務権限の範囲内において適法に行われたか否かはさて措き、仮にこれが否定されるとしても、そのことを原告代表者が知っていたか、または重大な過失によって知らなかったとの主張事実を認めるに足る証拠はない。
2 被告太平工業は、原告代表者には被告古屋の行為が被告太平工業の事業の範囲内であると誤信したことにつき過失がある旨主張し、被告古屋は原告代表者には被告古屋から一二〇〇万円を横領されるにつき過失がある旨主張するが、右主張事実はいずれもこれを認めるに足る証拠はない。
3 被告古屋は、被告古屋が昭和六〇年七月一一日原告に対しなした一二〇〇万円及びこれに対する遅延損害金として金二〇〇万円を同年八月末日までに支払う旨の支払約束は、原告代表者の強迫によりなされた旨主張するが、右主張事実を認めるに足る証拠はない。
4 被告太平工業及び被告古屋は、原告が被告古屋の金一二〇〇万円の損害賠償義務のうち金六〇〇万円について連帯保証した川上に対し金一〇〇万円支払義務を免除したから、被告らも金一〇〇万円の限度で免責される旨主張するが、原告が川上に対し金六〇〇万円のうち金一〇〇万円の支払義務を免除したことは当事者間に争いがないところ、仮に川上が被告古屋の損害賠償義務について連帯保証したとしても、保証人には負担部分がないのであるから、川上に対する一部免除の効力が被告古屋及び被告太平工業に及ぶ理由はないから主張自体失当であるうえ、川上の被告古屋の損害賠償義務についての保証が連帯保証と認めるに足る証拠もない。
以上被告らの抗弁はいずれも理由がない。
四 以上の次第で、不法行為に基づく損害賠償として、被告らは各自、損害金一二〇〇万円から川上が原告に支払った五〇〇万円を控除した残額金七〇〇万円の支払いを、被告太平工業は一二〇〇万円に対する不法行為の日である昭和六〇年六月一四日から川上より五〇〇万円の弁済を受けた日である昭和六三年一月一三日(二年と二一四日)までの民法所定年五分の割合による遅延損害金一五五万一七八〇円並びに金七〇〇万円に対する昭和六三年一月一四日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いをすべき義務があり、被告古屋は右七〇〇万円の外に昭和六〇年七月一一日の支払約束に基づく遅延損害金として金二〇〇万円の支払いをすべき義務がある。
五 よって、原告の請求は主文一、二項の限度で理由があるから、認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書、九三条一項本文を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 松本史郎)